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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)312号 判決

アメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィアマーケット・ストリート1735

原告

エフ・エム・シー・コーポレーション

代表者

マーシャ・ディー・ピンツァック

訴訟代理人弁護士

山崎行造

日野修男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

中村欽五

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成2年審判第12221号事件について、平成8年7月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年12月15日、「VISCARIN」の欧文字を横書きしてなる別紙1記載の商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表(以下単に「施行令別表」という。)による第1類「化学品(他の類に属するものを除く。)、薬剤、医療補助品」として商標登録出願をした(商願昭61-131568号)が、平成2年3月28日に拒絶査定を受けたので、同年7月13日、これに対する不服の審判の請求をした。なお、指定商品は平成3年3月20日付手続補正書により施行令別表第1類「化学品」と補正した。

特許庁は、同請求を平成2年審判第12221号事件として審理したうえ、平成8年7月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月12日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、「BISCORIN」の欧文字と「ビスコリン」の片仮名文字を2段に併記してなる別紙2記載の登録第391961号商標(指定商品施行令別表第1類「化学品、薬剤及び医療補助品」、昭和24年1月26日登録出願、昭和25年9月22日設定登録、昭和45年10月1日・昭和56年1月29日・平成2年12月21日各商標権存続期間の更新登録、以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標と引用商標とは称呼上類似の商標であり、かつ、引用商標の指定商品中には本願商標の指定商品と同一又は類似のものが含まれるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、商標登録を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、引用商標に関する認定並びに平成3年審判第5531号及び平成3年審判第5532号事件について「本件審判の請求は、成り立たない」との審決がなされ、確定し、その登録がなされたことは認めるが、その余は争う。

審決は、本願商標と引用商標との類否判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  称呼の類否判断の誤り

審決は、「本願商標からは『ビスカリン』の称呼が生ずる」(審決書2頁20~21行)と認定したうえ、本願商標から生ずる称呼と、引用商標から生ずる称呼「ビスコリン」とは、「第3音目の『カ』と『コ』の音に差異を有するのみで、他の音構成を共通にし、この『カ』と『コ』の両音は、その音質が近似したものであり、かつ、中間に位置する音であるところから、この差異が称呼全体に与える影響は極めて小さなものといわざるを得ず、それぞれを一連に称呼するときは、語調語感が近似したものとなって互いに聴き誤るおそれのあるもの」(同3頁2~9行)と判断したが、本願商標から「ビスカリン」の称呼が生ずるとの認定は誤りであり、それを前提とした本願商標と引用商標との類否判断も誤っている。

すなわち、本願商標は「VISCARIN」の欧文字を横書きしてなるもので、その第1文字は「V」である。「v」は上歯を下唇に軽く接触させ発音される摩擦音であり、調音点による区分では唇歯音に分類され、「ヴィ」と表記される。これに対し、「ビ」あるいは「b」は、上下唇を接触させた後に、呼気を強く吐き出すことによって発音される破裂音であり、調音点による区分では両唇音に分類される。欧文字の発音については、わが国においても英語教育の普及とともに原音に近く発音される傾向にあり、「ヴィ」という日本語表記が一般化している状況は、わが国においても「v」を「b」と識別できることの証左にほかならない。したがって、本願商標からは「ヴィスカリン」の称呼が生じ、「ビスカリン」の称呼は生じない。

「vi(VI)」から「ヴィ」の称呼が生ずるとし、あるいは「V」と「B」の音の相違又は摩擦音「F」と破裂音「P」の語調語感を前提にして商標の称呼の類否判断を行った審決は多数存在する(甲第3~第11号証)。

被告は、「ビクトリー」、「ビジター」、「ビタミン」、「ビデオ」を例に挙げて、日本国内における日常会話や一般の商取引の場においては「vi」の綴り文字は「ビ」と表記され、かつ発音されていると主張するが、これらの各語は既に外来語として日本語となった単語であるから、未だ日本語となっていない本願商標「VISCARIN」の発音に関し、その主張事実は当てはまらない。

したがって、本願商標と引用商標との称呼の類否判断は「ヴィスカリン」と「ビスコリン」とにおいて行われなければならない。両称呼はともに5音からなり、第1音と第3音とに差異を生ずるものである。第1音の「ヴィ」と「ビ」は、前者が「v」の子音を含む摩擦音・唇歯音であるのに対し、後者は「b」の子音を含む破裂音・両唇音である。第3音を含む後半の3音の「カリン」と「コリン」とは、ともに固有の意味を伴わず、「カ」と「コ」が同じ力行の音であることを考慮しても、一連に称呼するときは、明らかに語調を異にするものである。このような第1音の摩擦音と破裂音の差と、後半3音の「カリン」と「コリン」の語調の差を考慮すると、本願商標と引用商標の称呼は十分に識別できるものである。

被告は、「vi」が「ヴィ」と発音される場合であつても、これと「ビ」の音とは元々極めて近似した音として聴取されると主張するが、「ヴィ」の音と「ビ」の音とが近似するので、本願商標から「ビスカリン」の称呼が生ずるとの趣旨であれば、誤りである。「ヴィ」の音と「ビ」の音とが近似するかどうかの判断は、まず、本願商標からいかなる称呼が生ずるかを確定したうえで、称呼の類否の判断において行うべきものである。

2  外観の判断を欠缺した誤り

審決は、「本願商標と引用商標とは、その外観及び観念上の点について論及するまでもなく、称呼上類似の商標といわなければならず」(審決書3頁11~13行)として、外観の類否の判断をしなかった。

しかしながら、今日のように情報媒体が多様化し、国内的国際的情報量が飛躍的に増大した社会において、人々は多量の情報を識別認識することに慣れ、個々の情報間の差異に敏感に反応する習慣が培われている。したがって、商標の類否判断においても、商標の外観、観念、称呼の各要素はあくまでも総合的全体的な考察の一要素にすぎず、たまたま一要素が近似するからといって、他の要素との関連を無視して直ちに商標そのものが類似するとの判断に至ることは許されず、常に情報社会といわれる今日の社会情勢に即した総合的全体的な考察を心掛けなければならない。

本願商標の外観は別紙1記載のとおりであり、引用商標の外観は別紙2記載のとおりであって、両者は全く類似せず、わが国における欧文字の普及度に照せば、この外観に接した取引者、需要者が両者を誤認混同する可能性は極めて小さい。

観念に関しては、本願商標、引用商標とも造語であって、特定の意味は持たない。

3  以上のとおり、本願商標と引用商標とは、称呼が類似しないのみならず、外観においても全く類似せず、取引者、需要者が両者を誤認混同する可能性は極めて小さいものである。したがって、審決が、本願商標は引用商標と類似の商標であり、商標法4条1項11号に該当するとした判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  称呼に関する主張について

本願商標からその構成文字に相応して「ヴィスカリン」の称呼が生ずること、引用商標から「ビスコリン」の称呼が生ずること、「v」が摩擦音・唇歯音に分類され、「ビ」あるいは「b」が破裂音・両唇音に分類されることは認める。

しかしながら、本願商標からは、「ヴィスカリン」の称呼のほかに、「ビスカリン」の称呼をも生ずるものであるから、称呼に関する原告の主張中、第1音に関する部分は理由がない。

すなわち、欧文字の「V」を含む外来語や外国語を片仮名で表記する場合、外国の固有名詞や外国語の感じが多分に残っている語については、例外的に「V」の音を「ヴ」の仮名で表記すること(乙第2~第3号証)があるとしても、日本国内における日常会話や一般の商取引の場においては、「ビクトリー(victory)」、「ビジター(visitor)」、「ビタミン(vitamin)」、「ビデオ(video)」などのように、「vi」の綴り文字は「ビ」と表記され、かつ発音されているものである(乙第4~第5号証)。日本語の子音表には発音記号としての「v」がなく、「b」のみが掲載されている(乙第6号証)ことからも、「ヴィ」音は「ビ」音として発音されることが一般的である。

また、「vi」が例外的に「ヴィ」と発音される場合であっても、これと「ビ」の音とは元々極めて近似した音として聴取されるものである。

原告が引用する審決例は、いずれもそれぞれの差異音が「ヴィ」と「ビ」に関するものでない点において、本件とは事案を異にするものである。

原告は、また、本願商標から生ずる称呼と引用商標から生ずる称呼の後半3音の「カリン」と「コリン」の語調が異なるものであると主張する。

しかしながら、本願商標から生ずる称呼「ビスカリン」及び「ヴィスカリン」と引用商標から生ずる称呼「ビスコリン」との比較において、差異音である第3音目の「カ(ka)」と「コ(ko)」とは、その子音「k」を共通にし、その母音「a」と「o」とは、口の開き方と舌の位置において調音上近似するものである。しかも、該差異音は、称呼上の差異を明確に聴別し難い構成音の中間に位置するものであって、該差異音が称呼全体に与える影響は大きなものということはできない。そうすると、両称呼は、それぞれを一連に称呼するときは、その語調語感が近似したものとなって互いに聴き誤るおそれがあるといわなければならない。したがって、称呼に関する原告の主張中、後半3音についての部分も失当である。

以上のとおり、本願商標からは「ビスカリン」の称呼をも生じ、本願商標と引用商標とは称呼上類似する商標であるから、本件審決の称呼類否の判断に誤りはない。

2  外観に関する主張について

本願商標、引用商標とも造語であって、特定の意味は持たないことは認める。

商標の類否判断において、商標の外観、観念、称呼の各要素は総合的全体的な考察の一要素にすぎない旨の原告の主張は誤りではないとしても、マスメディアの発達した現代社会において、商品の宣伝・広告が音声媒体をもって広く行われている実情に鑑みれば、比較される両商標に外観上の差異があったとしても、その称呼において類似する場合には、商品の出所についての誤認混同を生ずるものというべきであるから、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  称呼の類否判断について

本願商標からその構成文字に相応して「ヴィスカリン」の称呼が生ずること、引用商標から「ビスコリン」の称呼が生ずること、「v」が摩擦音・唇歯音に分類され、「ビ」あるいは「b」が破裂音・両唇音に分類されることは当事者間に争いがない。

(1)  被告は、本願商標からは「ヴィスカリン」の称呼のほかに、「ビスカリン」の称呼が生ずると主張するので、まず、この点について検討する。

欧文字の発音において、子音「v」が摩擦音・唇歯音に分類され、子音「b」が破裂音・両唇音に分類されることは前示のとおりであり、したがって、正確な欧語(英語)式の発音においては、「vi」の綴りを含む語の当該部分と、「bi」の綴りを含む語の当該部分とが識別されうることはいうまでもなく、被告も本願商標から「ヴィスカリン」の称呼が生ずること自体を争うものではない。

しかしながら、子音「v」は日本語の発音には元々存在していなかった音であるから、日本人としては、摩擦音・唇歯音としての「v」音の発音や聴別が必ずしも容易ではなく、したがって、日本国内における日常会話や一般商取引の場等において、子音「v」を含む語(外国語又は外来語)が用いられる場合においても、その綴りの部分が正確に発音され難く、むしろ、古来より日本語に存在していて日本人にとってなじみ深く、しかも「v」音と発音が極めて近似する子音「b」による発音が「v」音による発音に取って代わり、これに伴って、その表記においても、本来の「ヴァ」、「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」の片仮名文字に代わって、「バ」、「ビ」、「ブ」、「べ」、「ボ」の片仮名文字が使用されることが一般的に普及していることは、当裁判所に顕著な事実である。

川本茂雄監修「日本語になった外国語辞典」抜粋(集英社刊、乙第4号証)や三省堂編集所編「コンサイスカタカナ語辞典」抜粋(三省堂刊、乙第5号証)に、被告の挙げる「ビクトリー(victory)」、「ビジター(visitor)」、「ビタミン(vitamin)」、「ビデオ(video)」のみならず、「ビザ(visa)」、「ビジョン(vision)」、「ビスタ(vista)」等、「vi」の綴り文字が「ビ」と表記される外来語(あるいは「日本語となった外国語」)が掲載されていること、あるいは、「外来語の表記」(平成3年6月28日付内閣告示第2号、乙第3号証)において、原則として「外来語や外国の地名・人名を書き表すのに一般的に用いる仮名」とされている第1表に示す仮名に「ヴァ」、「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」が含まれておらず、「外来語や外国の地名・人名を原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」とされている第2表に示す仮名にこれが含まれていることは、その間の事情を反映したものというべきである。

原告は、「ビクトリー」等の各語は既に外来語として日本語となった単語であるから、日本国内における日常会話や一般の商取引の場において「vi」の綴り文字が「ビ」と表記され、かつ発音されているとの事実は、未だ日本語となっていない本願商標「VISCARIN」の発音に関しては当てはまらないと主張するが、子音「v」を含む語が外来語として日本語になる以前から、その子音「v」を含む綴りの部分が「バ」、「ビ」、「ブ」、「べ」、「ボ」と発音され、あるいは表記されていたからこそ、それが外来語として日本語となった際にも、その発音・表記が踏襲されたと考えるのが自然であって、かかる意味で原告の上記主張は当を得ないものといわなければならない。

以上の事情を考慮すれば、本願商標の「VISCARIN」の語が未だ外来語となっていないとしても、あるいはわが国における英語教育の普及度を勘案しても、一般商取引の場等においては、「VISCARIN」の語は「ビスカリン」と発音され、あるいはそのように表記されるであろうことは明らかである。したがって、本願商標から「ビスカリン」の称呼が生ずるものと解するのが相当である。

原告は、「vi(VI)」から「ヴィ」の称呼が生ずるとし、あるいは「V」と「B」の音の相違又は摩擦音「F」と破裂音「P」の語調語感を前提にして商標の称呼の類否判断を行った審決は多数存在すると主張し、甲第3~第11号証(いずれも審決例)を引用するが、これらの審決例を、本件に沿って、欧文字「v(V)」とそれから生ずる称呼の認定との関係から見てみると、昭和59年審判第11261号事件の審決(甲第7号証)は「F」音及び「P」音の称呼に関するものであり、また、昭和57年審判第24194号事件及び昭和59年審判第13615号事件の各審決(甲第4~第5号証)は「V」を含む綴り文字からなる商標から「バ」又は「ビ」音を含む称呼が生ずると認定したものであって、いずれも、子音「v(V)」から「ヴァ」、「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」の各音を含む称呼が生ずるとしたものではない。昭和41年審判第1553号事件の審決は「S&V」(甲第8号証)、昭和41年審判第9208号事件の審決は「VC」(甲第9号証)、昭和47年審判第4899号事件の審決は「AVL」(甲第10号証)、昭和55年審判第1042号事件の審決は「N.V.S」(甲第11号証)の例に係るもので、いずれも欧文字「V」を、これを綴り文字の一部である子音を表す文字としてではなく、文字そのものとして略語の一部に使用した商標であり、文字そのものの呼称から称呼の認定がなされており、やはり、子音「v(V)」から「ヴァ」、「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」の各音を含む称呼が生ずるとしたものではない。さらに、昭和58年審判第292号事件の審決(甲6号証)は、「V」を含む綴り文字の部分と「V」を文字そのものとして略語(「VVV」)に使用した部分の双方からなる商標につき、「V」を含む綴り文字の部分からは「バ」音を含む称呼が生ずると認定し、「V」を文字そのものとして略語の一部に使用した部分については文字そのものの呼称から称呼の認定をしたものであって、ともに子音「v(V)」から「ヴァ」、「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」の各音を含む称呼が生ずるとしたものではない。昭和49年審判第7815号事件の審決(甲第3号証)のみが、「VI」を含む綴り文字「NEVILLE」からなる商標から「ネヴィル」の称呼が生ずると認定したものであるが、「NEVILLE」の文字が欧米における男子名に由来し、本来「ネヴィル」なる固有の称呼を生ずる旨も併せ示されており、造語であることが当事者間に争いのない本願商標に関する本件とは事案を異にするものといわなければならない。したがって、上記各審決例は、必ずしも原告の主張を裏付けるものとはいえない。

(2)  そこで、本願商標から生ずる「ビスカリン」の称呼と引用商標から生ずる「ビスコリン」の称呼との類否につき判断する。

「ビスカリン」と「ビスコリン」の両称呼は、ともに5音からなり、その3音目の「カ(ka)」と「コ(ko)」の音に差異を有するのみで、他の音構成は共通である。しかも、差異音である第3音目にしても、その子音「k」を共通にするだけでなく、日本音聲學會編「音聲學大辞典」(三修社刊、乙第6号証)によれば、母音「a」と「o」とは、その発音の際の顎の開きからいえば前者が大開き母音に、後者が半開き母音に分類されるものの、口の開き方はともにまる口であり、舌の位置もともに奥母音に属するものとされていて、発音が近似するものであることが明らかである。加えて、該差異音は、称呼上の差異を明確に聴別し難い構成音の中間に位置するものであって、該差異音が称呼全体に与える影響は大きなものということはできない。そうすると、両称呼は、それぞれを一連に称呼するときは、その語調語感が極めて近似し、互いに聴き誤るおそれが高いものといわざるを得ない。

したがって、「ビスカリン」と「ビスコリン」の両称呼が類似するものとした審決の判断は正当であり、原告主張の誤りはないものというべきである。

2  外観に関する判断等について

原告は、今日のように情報媒体が多様化し、国内的国際的情報量が飛躍的に増大した社会において、人々は多量の情報を識別認識することに慣れ、個々の情報間の差異に敏感に反応する習慣が培われており、したがって、商標の類否判断においても、商標の外観、観念、称呼の各要素はあくまでも総合的全体的な考察の一要素にすぎず、たまたま一要素が近似するからといって、他の要素との関連を無視して直ちに商標そのものが類似するとの判断に至ることは許されず、常に情報社会といわれる今日の社会情勢に即した総合的全体的な考察を心掛けなければならないと主張するところ、当該主張は一般論として正当である。これに対し、被告は、マスメディアの発達した現代社会において、商品の宣伝・広告が音声媒体をもって広く行われている実情に鑑みれば、比較される両商標に外観上の差異があったとしても、その称呼において類似する場合には、商品の出所についての誤認混同を生ずるものというべきであると主張するが、その主張が、比較される両商標が、その称呼において類似する場合には、外観、観念についての判断を経るまでもなく、類似する商標と認めうるとの趣旨であれば、誤りといわなければならない。

そこで、本願商標と引用商標の外観の類否について検討する。

本願商標は「VISCARIN」の欧文字を横書きしてなるもので、その外観は別紙1記載のとおりであり、また、引用商標は、「BISCORIN」の欧文字と「ビスコリン」の片仮名文字を2段に併記してなるもので、その外観は別紙2記載のとおりである。そうすると、両者の外観は、引用商標において片仮名文字の併記のある点で相違するほか、欧文字の部分も、ともに8文字からなるうち、第1文字と第5文字とに相違が見られるものである。しかしながら、引用商標の片仮名文字の部分は、「BISCORIN」の欧文字部分のみからでも生ずる称呼をそのまま片仮名で記載しただけのものであって、欧文字との関連性が強いだけに、その印象がさほど強いとはいえないし、また、欧文字部分の相違にしても、見る者の注意を惹くと考えられる語頭部に差異があるが、第1文字だけのことであり、他一方の差異は中間部に属してさほど注意を惹かず、さらに、語頭部に次いで見る者の注意を惹くと考えられる語尾部3文字を含む6文字は全く共通である。

そうすると、取引者、需要者がこの外観に接した場合、本願商標と引用商標とを誤認混同するおそれが高いとはいえないが、その可能性が乏しいということもできず、結局、両者の外観はある程度は類似するものであり、原告主張のように全く類似しないとまでいうことはできない。

そして、本願商標、引用商標とも造語であって、特定の意味は持たないことは当事者間に争いがなく、両者の観念の類否は検討すべくもないから、称呼と外観との観点から本願商標と引用商標との類否を検討すると、両者は、外観においては、ある程度類似するというにすぎないが、称呼において類似するものであって、全体として類似する商標と判断するのが相当である。

したがって、審決が本願商標と引用商標との外観について判断をしなかったことは誤りであるというべきであるが、その瑕疵は、審決の結論に影響を及ぼさず、本願商標と引用商標とが類似の商標であるとする審決の判断は、結論において正当である。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

(別紙1)

〈省略〉

(別紙2)

〈省略〉

平成2年審判第12221号

審決

アメリカ合衆国 ペンシルバニア州フィラデルフィア、マーケット・ストリート2000

請求人 エフ・エム・シー・コーポレーション

東京都千代田区永田町1丁目11番28号相互永田町ビルデイング8階山崎法律特許事務所

代理人弁理士 山崎行造

東京都千代田区永田町1丁目11番28号相互永田町ビルデイング8階山崎法律特許事務所

代理人弁理士 木村博

昭和61年商標登録願第131568号拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願商標は、「VISCARIN」の欧文字を横書きしてなり、第1類「化学品(他の類に属するものを除く。)、薬剤、医療補助品」を指定商品として、昭和61年12月15日に登録出願され、その後、指定商品については、平成3年3月20日付提出の手続補正書をもって、「化学品」と補正されたものである。

これに対し、原査定において本願の拒絶の理由に引用した登録第391961号商標(以下、「引用商標」という。)は、「BISCORIN」の欧文字と「ビスコリン」の片仮名文字を二段に併記してなり、第1類「化学品、薬剤及医療補助品」を指定商品として、昭和24年1月26日登録出願、同25年9月22日に設定登録され、その後、同45年10月1日、同56年1月29日及び平成2年12月21日の3回に亘り商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

そこで、本願商標と引用商標の類否について判断するに、本願商標からは「ビスカリン」の称呼が生ずるのに対し、引用商標からは「ビスコリン」の称呼を生じること、それぞれの構成文字に照らし明らかである。

してみれば、「ビスカリン」と「ビスコリ・ン」の両称呼は、第3音目の「カ」と「コ」の音に差異を有するのみで、他の音構成を共通にし、この「カ」と「コ」の両音は、その音質が近似したものであり、かつ、中間に位置する音であるところから、この差異が称呼全体に与える影響は極めて小さなものといわざるを得ず、それぞれを一連に称呼するときは、語調語感が近似したものとなって互いに聴き誤るおそれのあるものと判断するのが相当である。

したがって、本願商標と引用商標とは、その外観及び観念上の点について論及するまでもなく、称呼上類似の商標といわなければならず、かつ、引用商標の指定商品中には本願商標の指定商品と同一又は類似のものが含まれていること明らかであるから、本願商標を商標法第4条第1項第11号に該当するとしてその出願を拒絶した原査定は妥当であって取り消すべき限りでない。

なお、請求人は、引用商標及びその連合商標の指定商品中「化学品」について取消の審判を請求し、同時に本願商標の指定商品を「化学品」に補正したので、原査定の拒絶の理由は解消されるものであると述べているが、該審判事件(平成3年審判第5531号及び平成3年審判第5532号)は、平成4年3月19日に「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決がなされ、同年8月25日に確定し、その登録が同年11月11日になされているものであるから、この主張は採用できない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年7月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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